top of page

小唄・端唄 イケてます!味わい入門 Japan's traditional popular songs and their lyrics KO-UTA & HA-UTA

小唄より ずっとセンパイの【 端唄 】

端唄 訓練を積む浄瑠璃を、清元の演奏家達が、

お座敷遊びの場でも 軽く楽しめるようにアレンジして始まった端唄

浄瑠璃を語るより、歌いやすく、江戸の庶民も宴席で口ずさんだそう

HA-UTA 

It began with the arrangement of the trained Joruri so that the performers of the Qingyuan could enjoy singing lightly together in the tatami room play area. It was easier to sing than to talk about Jōruri, and the common people of Edo hummed at the banquet.



小唄

清元、一中節、河東節などを極めた人々が、普段に楽しむために、小粋な芸にした唄で、端唄よりさらに自由、粋さ、お洒落な色気を 声をあまり張らずに唄われます。三味線はバチでなく爪で演奏(爪弾き) KO-UTA

Songs made by people who have mastered KIYO-MOTO, ICCHU-BUSHI, KATOH-BUSHI, etc. into trendy for everyday enjoyment. It is even freer than the HA-UTA, and it is sung with a stylish sexy without loud voice. The shamisen is played with nail plucking Run over with nails without using repellent


 歌詞で味わう 【 小唄の軽やかな粋さ

涼み舟 夏の涼みは両国で 行き逢う舟のさざめ唄 月あかり 見ればおぼろの 爪弾き姿

忍び逢う夜の首尾の松 うろうろ舟の行逢いに

「エエ西瓜はいかが豆や枝豆」影芝居 まず銅鑼(ドラ)の音

「しがねえ恋の情が仇」

命の綱の切れたを どう取りとめて木更津から

めぐる月日も百余歳」 今の両国は 鉄の橋

濁った浮世に黒い水 お江戸なつかしいと思いませんかよ → 夏の両国は大小の涼み舟で渋滞!

大人の川遊びは大繁盛! 屋根舟、屋形船の すだれや障子を閉めれば プライベート空間 (忍び合うデートにもピッタリ) しっぽりタイムの三味線は 賑やかに弾かず 爪で弾く「爪弾き」 スイカなど食べ物を売る舟や、

各種の出し物を見せる川上パフォーマンス舟も出ていっそう賑やか

(浮世絵にも楽しそうで良い時代が残されていますね) 首尾の松  浅草蔵前の隅田川にさし出ていた松。

新吉原通いの舟の目印で有名でした

 明治の小唄は、すでに SDGsを訴えていた! 明治になり、西洋風の産業産業で自然破壊!!

あんなに楽しく賑わっていた隅田の川が濁って・・・

「江戸の頃が懐かしいじゃないか!」お怒りの芸者です

その気持ち、わかります・・・

もしも、白川や鴨川が、大阪みたいに・・・いえ、考えたくもござんせん

(清流は人心を清めるごとし。対して、濁り川は、気が滅入る)

In the summer, both countries were jammed with large and small cool boats. Adult river play was a great success! If you close the roof boats and houseboats, it becomes a private space.

(Perfect for a secret date) Among the many boats, there were boats selling watermelons and other food, and boats showing various offerings (Kawakami performances). (Sounds fun!) Good times...) In the Meiji era, nature was destroyed by Western-style industrial industry! The river in Sumida, which was so fun and crowded, became muddy..."I miss the Edo days!" I understand that feeling . . . I don't want to think that the Shirakawa and Kamo rivers would become like the rivers in Osaka. (Clear streams purify people's hearts, but muddy rivers are depressing.)


音読もおすすめ 七五調の歌詞の粋 小唄 向島名所 五月雨や 竹屋の渡し 上げ花火 灯籠流しに 都鳥 言問い団子桜餅 ちょっとみやげに 買わしゃんせ 土手の桜の色もよく 虫の音すだく 百花園 水神の 逢う瀬 嬉しき夕映えや 小唄で 偲ぶ名所(などころ)を 昔ながらの川水は 隅田八橋 くぐり流るる

竹屋の渡し=山野堀りと向島三囲神社を結んでいた渡し船 付近に「茶屋 竹屋」があったからとか(昭和八年の言問橋架橋前後に廃止) 上げ花火=吉宗が享保18年に、大飢饉とコレラ流行による死者の霊を諫めるために 大川端で花火を打ち上げたのが隅田川の花火の始まり 言問い団子=向島で植木屋を営んでいた外山佐吉が始めた団子屋が、明治になって「言問い団子」(在原業平の故事に因むとか) 桜餅 享保二年 向島の長命寺の門番 山本新六が考案。門前で売り出した「長命寺桜餅」とも (京阪の桜餅は道明寺粉=糯米(もちごめ)を蒸して干したです。もちっとして、まさにお餅💗) 土手の桜 三代家光が上野寛永寺と共に、隅田川堤にも吉野の桜を植えた 百花園 文化二年開園 みどころは早春の梅と秋の萩 Kouta Mukaijima Sights The lyrics include famous dumplings, rice cakes, ferries, and popular botanical gardens.

 大阪〜伏見間の三十石舟での舟運から生まれた唄

A song born from the boat transport on the 30-kokubune between Osaka and Fushimi 淀の川瀬(端唄&うたざわYodo no Kawase HA-UTA & UTA-ZAWA ♪ 淀の川瀬のナー 景色をここに 引いて上る ヤンレ 三十石船 

清き流れを 汲む水車 めぐる間毎に 皆 水馴棹

さえた盃おさえて すけりゃ 酔うて伏見へ くだ巻き綱よ  越した所が 千両松 ヨイー ヨーイ ヨイ・・・

→ 大阪天満橋の八軒家から京都伏見まで淀川の舟運は大繁盛でした。

伏見近くで、三十石船の客同士で のんびり酒を酌み交わす・・・

周囲の景色を織り交ぜた江戸時代が、変化ある曲調で唄われます 上方での流行りが、嘉永(1848~1854)頃に江戸でも流行

From Hachikenya in Osaka Tenmabashi to Fushimi in Kyoto, the boat transport on the Yodo River was very prosperous. Near Fushimi, guests of the Sanjugoku ship relax and drink alcohol...

Kyoto Osaka in the Edo period, interwoven with the surrounding scenery, is sung in a changing tune.



うた沢 一旦は、浄瑠璃がくずされて端唄が生まれましたが、

「単なる遊興の歌にするには惜しい」

その芸術性にフォーカスして、アートに高めようとした「うた沢」

一中節がお手本とされ、品良く、渋く、節はゆっくり、

細かく、語るように唄われます うた沢でも検索してみては? 染みるお気に入りが見つかったらステキね! 江戸の年末の街の様子が伝わる唄

A song that conveys the state of the year-end town in Edo

年に一度の Once a year (三下り)年に一度の市みやげ 笹の葉に お福か 破魔弓 羽子板 海老に 橙 俵 さはら 木鉢か

本枡か ええ, 御酒の口 それぴっかりぴっかりと 光る縁起のもの 買わしゃんせ (京阪神の えべっさんの福笹みたいですね) Like the Fukusasa at the Ebisu Shrine festival in January in Keihanshin, bamboo is sold with various decorations at the end of the year in Edo.


筆のかさ (三世清元斎兵衛曲) 筆のかさ 焚いて待つ夜の 蚊遣火に さっと吹きしむ 涼風が 磯打つ汐の粋な夜に 女波男波の夫婦仲 寝つかれぬ夜はなお 恋しさに寝かさぬ時を 思いやる 筆の笠(かさ) 筆で文字を書いたらたまるもので、干したみかん皮と一緒に 蚊いぶし(蚊取り線香みたい)に炊いたそう。真夏の海辺の家で、女が筆のかさを蚊遣火に炊いて男を待つ。もう夜は更けたというのに、待つ男は現れない。女は 女波男波の打ち寄せる音をききながら、寝付かれぬままに、かつて、男と逢った夜を思う FUDE NO KASA Brush Hats

It is something that accumulates when you write with a brush, and it is said that it was burned together with dried tangerine peels to ward off mosquitoes.

In a seaside house in the middle of summer, a woman is waiting for the man she misses while cooking a brush pad over a mosquito fire.

It's already late at night, but the man waiting doesn't appear. A woman can't sleep. The woman hears the sound of female waves crashing against each other, thinking of the night she once met a man.

長唄 都鳥 安政二年(1855)六月(作詞 伊勢屋喜左衛門か 作曲 二代目 杵屋勝三郎) 〈本調子〉  便りくる 船の内こそゆかしけれ  君なつかしと 都鳥 幾代かここに隅田川 往来の人に 名のみ問はれて  花の蔭 水に浮かれて面白や 

河上遠く降る雨の 晴れて逢ふ夜を待乳山 

逢うて嬉しき あれ見やしゃんせ  翼 交はして濡るる夜は いつしか更けて水の音  思ひ思うて深み草 結びつ解いつ 乱れ合うたる夜もすがら  はや 後朝(きぬぎぬ)の鐘の声 憎やつれなく 明くる 夏の夜 草結ぶは、仲良しの様子💕で縁起が良い、幸運を祈るなどの意味があるそうです  京阪では、都鳥はユリカモメの雅称(冬の季語)「名にし負はばいざこと問はむ―わが思ふ人はありやなしやと」〈伊勢物語•9〉 チドリ目カモメ科の水鳥、全長約40cm、体は全白、翼上面は青灰色,くちばしと脚が美しい赤色、頭部が夏羽で黒色,冬羽では白、ユーラシア中北部で繁殖し、冬鳥として日本各地に渡来 在原業平(ありわらのなりひら 825〜880 色好み)の和歌で有名な隅田川の「みやこどり」も、この鳥のこと ところで、業平さんは、能・狂言・歌舞伎などの題材にしやすい男はんですわねー

(別に、チドリ目ミヤコドリ科の水鳥も都鳥 another YULI-KAMOME (oyster catcher) 全長45cm、頭と背面は黒色,白い腹,長く赤いくちばしと脚、海岸で貝などを食べる、シベリアで繁殖,日本には旅鳥または冬鳥としてごく少数が渡来・・・


Tying grass is said to have the meaning of wishing for good friends and good luck. 

In Kyoto Osaka, the metropolitan bird is the name of the Yurikamome.




他にも、

俗曲と言われるものは、幕末の通俗的歌謡が、庶民性を失わずに現在に至ってる唄です。

浄瑠璃などの長編の歌曲は芸術的

対して、小唄・端唄は、お座敷で楽しむ楽曲として考案され流行った



もう1つの端唄 上方端歌

② 地歌の曲種の一。上方のはやり端歌や 芝居歌などの様式を摂取した歌物。

曲風は多様。18世紀中に多数作曲。現行の地歌や曲目の大半を占めている。



 をどりと楽曲

大ベテランの舞踊家師匠は、ちびの頃から長唄の歌と三味線!をお稽古され、踊りは意外に7歳から始めたそう。

「とにかく、相当な恥ずかしがり屋だったの」

踊りのお稽古は、予約した時間に師のお宅へ伺うのです。どなたもが少し早めに着いて、前の人のお稽古を見学します(わたくしも外のお師匠さんとこではそうでした)

「でも、人に見られるのがカナンかったから、どうぞどうぞって順番をどんどん譲って」小学校終わって行ったのに20時!?「とうとう おじいちゃんが早よ返して と迎えに来て 笑 」

られたくなかった原因はもう1つ。「

変わった教え方しはる人やったわ。足の甲に私の小さい足を乗せさせて、両手ももたれて」

操り人形??そんなんでお稽古にはなりませんわね

「頭の動きはね、自分のアゴで私の頭を抑えるんよ・・・いややったわぁ」

ただでさえ恥ずかしがり屋さん。そんなご自分を余計に人に見られたくなかったのです。

「ある日、またアゴで操作された時、私は イヤがってるアピールをしたの。頭を振ったんよ。それで、やっとピンと来はったみたいで。以降、横で踊ってくれるようになったわ」

(その長唄の踊りの師匠は大人の芸者さんばかり教えていて、こどものお弟子さんはただ1人。教え方が分からなかったと見えますね。それにしても変わったやり方)


大ベテランの舞踊家師匠も母も、見覚える記憶力がものすごい

一度「一体・・・何百曲 覚えてはりますか?」伺った事がありました。

 「三味線 鳴ったら出るわ(振りが記憶に蘇る)」

 昭和の好景気に 花街で住んだ・生きたということ

「いつも順番を譲る芸者さんがお稽古してた『黒髪』おぼえへん芸者さんやったわ (⌒-⌒; ) 見て待ってるうちに覚えてね。家に帰って おばあちゃんに唄てもろて踊ったんよ。そしたら おばあちゃんが《この子、見覚えてやるわ!》」


黒髪を見覚えで踊るちびっこは驚き!ですし、おばあちゃんもさすが!

唄うてと言われたらスッと長唄を唄えるのですもの。

 花柳界に生きると言うは 芸が染み込むのですね。


わたくしは、踊りの達人である母に習ってましたが、

薦められて この師に習いに出たのは大正解でした。

舞台では、他のどの師匠にもないムードが踊りにありました。

内でも外でも師に恵まれる事は当たり前ではないんです。

権威主義なだけで、芸には味がない人も少なくなく聞きます。


ちなみに・・・

【長唄 黒髪】

歌舞伎「大商蛭小島(おおあきない ひるがこじま)」で、伊東祐親(すけちか)の娘 辰姫が、頼朝への恋を政子に譲ります。でも平気なわけでなく、辰姫が髪を梳(す)きながら悔しさに身を焦がす。そのシーンに用いた めりやす。地歌にも類曲がある。

めりやす

下座音楽(BGM)かつ,長唄の曲種の一。独吟(1人で唄う)唄と三味線一挺(ちよう)onlyの しんみりした曲。

芝居では,役者がせりふなしで静かな演技を続ける心理描写的な 思い入れなどのシーンの効果音楽として陰(舞台袖の内)で演奏される。



コメント


注目のブログ
最新のブログ
アーカイブ
タグ
フォロー
bottom of page